リアル競馬ネタ

イギリスの競馬場で「シュレーディンガーの馬」が観測される

 ←2016年、あけましておめでとうございます →韓国調教馬、史上初めてドバイのレースに参戦する
箱とネコ

箱の中にいる限りは、生きていると同時に死んでいるという不思議な猫。
そのような猫が、この世に存在するわけがない。

1935年、シュレーディンガーは猫の例を用いて、
量子力学の解釈の一つである「コペンハーゲン解釈」を皮肉った。
観測されるまで生と死のように相反する状態が同時に成立している。
そのようなことを認めてしまう解釈はおかしいと、シュレーディンガーは批判したのであった。

この猫の例が、いわゆる「シュレーディンガーの猫」といわれるものである。

そして、シュレーディンガーの猫が量子力学の世界に物議を醸してから80年。
問題の猫は、意外な場所に意外な形で帰ってきた。

その思わぬ場所とは、量子力学の研究施設でもなければ学会でもない。
まさかの競馬場であったのである。

シュレーディンガーの馬というパラドクス


あばよ!

もし、騎手を乗せないままレースのスタートを切ってしまった馬がいたとしたら、
その馬は競走除外扱いになるであろうか。

通常、このような問題が発生した場合の答えは単純である。
馬は競走除外とはならずに、レースに出走した扱いになる。
そして、その馬を対象にした馬券も返還されることはなく、
スタートのタイミングを誤ったスターターが責められることになるであろう。
このことは、ラガーレグルス事件などからも想像がつくと思われる。

(※動画はラガーレグルス事件が発生した2000年皐月賞)

しかし、もしこの問題の条件に、特別なルールが加わったらどうなるであろうか。
その特別なルールというのが、何らかのトラブルが発生した場合にのみ、
主催者に馬を競走から除外する権限が与えられるというもの。
すなわち、最初に提示した問題において、
「馬を競走除外にする」という選択肢を選べるようにするわけである。

このルールが加われば、最初の状況とは話が変わってくる。
従来は一つしかなかった選択肢が二つに増えるのであるから、意見が割れる余地が出てくる。
特にこの問題の場合は、馬券の払い戻しと返還が関わってくるため、
余計に意見が一致しない状況になるであろうことも予想されるであろう。


それでも、議論の末に出される結論は、2つのうち1つであることは確かだ。
問題で聞かれているのは「出走した」と「出走しなかった」の2択であり、
それら2つの選択肢は互いに相反する状態を示す。
それゆえ、いくら意見が割れようとも、この問題においては3つ目の結論は存在しないはずである。


だが、2015年7月にイギリスのアスコット競馬場で行われたレースによって、
その常識が打ち破られることになった。

あり得ないと思われていた「出走したと同時に出走しなかった」状態にある馬。
そのような「シュレーディンガーの猫」ならぬ「シュレーディンガーの馬」ともいうべき矛盾した存在が、
現実の世で再現可能だと証明されてしまったのである。

きっかけとなった馬、Speculative Bid

Speculative-Bid-Ascot.jpg
画像引用元:The Gurdian
「出走した状態」と「出走しなかった状態」の両方を秘めている「シュレーディンガーの馬」。
この実現するはずのない矛盾の塊が誕生するきっかけとなったのは、
アスコット競馬場で行われたとあるレースであった。


問題が発生した2015年7月25日、アスコット競馬場はキングジョージデイを迎えていた。
キングジョージデイは、メインレースにGⅠレースのキングジョージが組まれている開催日のことである。
当日のアスコット競馬場では、重賞レース2つを含む、合計5つのレースが開催されていた。

そのキングジョージデイに行われた5つのレースのうち1つが、
後に問題となるGigaset International Handicapというレースであった。
このレースは、メインレースの前に行われる7ハロンのヘリテージハンデ戦。
通常のハンデ戦よりも格と賞金が高いということもあり、当日は21頭もの出走馬を集めていた。


後にシュレーディンガーの馬となる存在は、その集まった21頭の出走馬の中にいた。
その問題の馬というのがSpeculative Bid
某米国の名馬を思い起こさせる馬名を持つ4歳セン馬で、
レースでは単勝オッズ4-1(5倍)の1番人気に推されていた。

しかし、1番人気に推されていた一方で、Speculative Bidはとある弱点を抱えていた。
その弱点というのが、ゲートが大の苦手だということである。
Speculative Bidは、常に後入れ要請がされているほどに、
ゲートの中に留まることを嫌がってしまう馬であったのだ。


そして、レースでもSpeculative Bidはそのゲート嫌いっぷりを盛大に発揮した。
いつものように後入れでゲートに入ったまでは良かったものの、
同馬は、スタートを前にしてゲート内で大暴れ。
しまいには、どこぞの黄金船のように立ち上がってしまい、隣の枠に首を引っ掛けてしまった。
鞍上のJamie Spencer騎手も馬から下馬せざるを得ない状況になったのである。

そこに、不幸にもスターターのミスが重なってしまった。
トラブルの影響でSpencer騎手がSpeculative Bidに騎乗できていないにもかかわらず、
スターターは気にせずレースをスタートさせてしまったのだ。
21頭も出走馬がいたせいであろうか、ゲート内でのトラブルが見落とされてしまったのである。


かくして、Speculative BidはSpencer騎手を乗せないままゲートから発走。
事実上スタートからレースに参加できていない状態で、ただ一頭馬群から離れた位置を疾走したのであった。

結果として、レースは単勝オッズ7-1(8倍)のHeaven's Guestが先頭でゴール。
アスコット競馬場では、審議のランプが点灯したのであった。

・レース映像リンク

不可能を可能にした2つのルール


2つのルール

Speculative Bidの盛大なやらかしを対象に、レース後すぐに行われた審議。
この審議の発生には、とある一つのルールが関わっていた。

そのルールというのが、英国競馬協会(BHA)が定めた
"The Rules of Racing"(レースのルール)に記載されているルール10.5(B)。
馬券購入者を不合理な状況から守るために、最近新しく加えられた条項であった。

BHAのレースルール10.5(B)の仕組みは単純である。
競馬場側の不手際によって馬がスタートを切れなかった場合、このルールを適用する。
そして、ルールが適用されたのであれば、主催者に対象馬を競走から除外する権限が付与される。

例えば、競馬場側の不手際によって、レースのスタートがまともに切られなかった馬がいたとしよう。
この場合、主催者がそのまま結果を確定させてしまえば、
スタートに失敗した馬を対象にした馬券が、全て外れることになってしまう。
しかし、それでは馬券購入者にとってあまり納得がいかない結果となるであろう。

そこで、そのような事態に対処するため、
主催者がルール10.5(B)を適用して、問題の馬を競走から除外するのである。
馬が競走から除外された扱いになれば、その馬を対象にした馬券は返還される。
すなわち、ルール10.5(B)を適用することで、
競馬場側の不手際による被害を少なくすることができるというわけだ。

だが、皮肉にもこの馬券購入者を守るために導入された仕組みが、
後に馬券購入者を混乱させるトリガーを引くことになってしまう。


アスコット競馬場で審議が行われている一方、
馬券購入者とブックメーカーはとある宣言が出るのを待っていた。
その待っていた宣言というのが、Weighed In(検量終了)のアナウンスであった。

主催者と馬券販売主体が互いに独立しているイギリス競馬では、
ブックメーカー側も競馬場側とは別の独自ルールを制定している。
ブックメーカーが従うルールというのが、
タターソルズ委員会が出している"Rules on Betting"(賭けに関するルール)
その名の通り、賭けに関する12の決まりごとが記載されたルール集である。

"Rules on Betting"に記載されたルールの中で、今回重要とされたものは二つであった。
一つは、競走除外馬が出た時、的中馬券の配当をどれだけ減らすかを定めているRule 4(第4のルール)。
もう一つは、ブックメーカーが馬券を払い戻すタイミングを定めたRule 7(第7のルール)であった。

Rule 7の決まりに従えば、ブックメーカーが結果を確定して払い戻しを開始するのは、
競馬場がWeighed Inのアナウンスを出した時となっている。
だからこそ、ブックメーカーと馬券購入者は、
Weighed In(検量終了)のアナウンスが出るタイミングに注目するわけである。


レース後しばらくしてから、アスコット競馬場ではWeighed Inのアナウンスが出された。

Weighed Inのサインが出された時点で、
アスコット競馬場側は審議によって"着順が変わることはない"との報告も出されている。
よって、結果はレースの着順通りに確定したも同然となっていた。

そこで、ブックメーカーはRule 7に基づきレースの結果を確定。
審議によってレースの結果は変わらなかったとして、的中馬券の払い戻しを開始したのだ。

しかし、これが後に大混乱を招く布石となってしまう。

実はWeighed Inのアナウンスがなされた時、アスコット競馬場ではまだ審議が続いていたのだ。

シュレーディンガーの馬の成立


2つの影

「これは一体どういうことなんだ!」

メインレースのキングジョージの発走時間が目前に迫る中、
アスコット競馬場内では予想外の大混乱が発生していた。
それもそのはず、もう既に終わったものと思われていた前のレースの審議結果が、
唐突に競馬場内で発表されたのだ。

アスコット競馬場が事前に宣言していた通り、
審議の結果によってレースの「着順」自体はたしかに変わらなかった。
しかし、審議の対象となっていたSpeculative Bidは、
主催者の判断でレースから除外された扱いに変更されたのである。


そして、Speculative Bidがレースから除外された扱いに変わったことで事態は一転。
外れ馬券だと思われていた馬券が突如として返還の対象になり、
的中馬券が突如としてRule 4適用の対象となる可能性が出てきてしまったのである。

Rule 4に基づけば、単勝オッズ4-1(5倍)の馬が競走から除外された時、
的中馬券の払戻金は20%もカットされることになる。
つまり、Speculative Bidが除外されたとなれば、
単勝オッズ7-1(8倍)の勝ち馬の単勝馬券に対する払い戻しは6.4倍に減ってしまうことになる。


しかし、この時点では、すでにブックメーカーはRule 7にもとづいてレースの結果を確定している。
レース前に確定していたオッズの通りに、的中馬券の払い戻しを行ってしまっているのである。

そのような状況では、ブックメーカーは突然の変更に対応することができない。
的中馬券の払い戻しを一度行ってしまった以上、
いまさら配当の減額や馬券の返還処置をとることができないのである。


こうして、世にも珍しい「シュレーディンガーの馬」ともいうべき現象が、発生することになった。
BHAのルール10.5(B)に基づき、馬が「出走しなかった」と主張するアスコット競馬場。
そして、タターソル委員会が定めるRule 7に基づき、馬が「出走した」と主張するブックメーカー。
これら二つの主体がそれぞれ別々の判断を下したことによって、
「出走したと同時に出走しなかった状態にある馬」が誕生してしまったのである。

シュレーディンガーの馬の認定


レースに出走したと同時に出走しなかった「シュレーディンガーの馬」。
この出走したのかどうかが定かでない迷惑な存在を巡って、
イギリス競馬界では激しい論争が繰り広げられることになった。

ルール10.5(B)の原理に基づいて、賭け金は払い戻されるべきだとするBHA。
混乱を避けるため、賭けの上では出走取り消しはなかったことにすべきと考えるアスコット競馬場。
これら2つの主体を中心として、様々な主体が様々な主張を展開したのであった。


そして、このシュレーディンガーの馬論争に終止符が打たれたのは、
レースが終了してから90分以上もたってからのことであった。

午後4時55分、メインレースのキングジョージを含む全てのレースがとっくに終わった時刻に、
アスコット競馬場はようやく声明を発表。
Speculative Bidを公式記録上は競走除外として扱うが、
賭けの上では同馬をレースに出走した扱いにするとの判断を下したのである。


すなわち、「シュレーディンガーの馬」が正式に認められたのだ。
問題の馬Speculative Bidはアスコット競馬場の公式声明によって、
公式記録上はレースから除外された馬ということになった。
一方、ブックメーカーの記録上では、同馬はレースに出走したと認定されたままになったのである。

おまけ:シュレーディンガーの馬の後始末


イギリス競馬界に多大な損害を与えた「シュレーディンガーの馬」。
この馬の誕生に対するBHAの後始末は、非常に単純なものに終わった。

その単純な後始末とは、公式による原因調査と深い謝罪である。

今回の件では、馬券の返還を自主的に行った一部ブックメーカー及び、
馬券返還がされなかった馬券購入者が損害を受けることになった。
それゆえ、主催者側からなんらかの損失補償がなされる可能性が期待されていた。

しかし、BHAは、損失に対する補償を一切行わないことを表明したのであった。

また、ルール10.5(B)については、BHAは見直しを行うことを決定。
今後、「シュレーディンガーの馬」騒動が発生しないためにも、
ルール自体を存続させるかどうかも含めて、BHA内で話し合われたという。


ちなみに、この一連の出来事と後始末に納得がいかないとして、
ブックメーカーのGeoff Banks氏が、BHAに対して£250を請求する訴訟を仕掛けている。
請求額自体は、主要なブックメーカーにとっては取るに足らないものであり、
訴訟コストにも見合っていない無意味なものである。
ただ、長年放置されてきたBHAの採決の問題点に抗議することだけを目的として、
Banks氏は今回の訴訟を実行に移しているという。

なお、この訴訟が起こされたのは昨年の8月ぐらいのことであったが、
様々な事情の影響もあって、決着は2016年現在になってもついていない。

参考リンク




下記の画像は、ただのブログランキングバナーです。
もしよろしければ、クリックしていってくださいな。

  ヘルバナー


スポンサーサイト



記事一覧  3kaku_s_L.png 未分類
記事一覧  3kaku_s_L.png 本家ネタ
記事一覧  3kaku_s_L.png リアル競馬ネタ
記事一覧  3kaku_s_L.png 競馬(?)ネタ
記事一覧  3kaku_s_L.png 海外レース紹介
記事一覧  3kaku_s_L.png アンケート企画
記事一覧  3kaku_s_L.png 製作中報告
記事一覧  3kaku_s_L.png ニコアプリネタ
記事一覧  3kaku_s_L.png 競伝関連まとめ
記事一覧  3kaku_s_L.png Frankel in Japan

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

【2016年、あけましておめでとうございます】へ  【韓国調教馬、史上初めてドバイのレースに参戦する】へ