リアル競馬ネタ

現代に伝わりし天神流の騎乗

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世の中のものは変わり続けている。

技術であれ、街並みであれ、あらゆるものは時代と共に変化していく。

競馬においてもそれは同じである。
かつて、競走馬は数マイルもの長距離レースを何本も走った。
先に指定された回数のレースを勝たなければ決着がつかないヒート式。 
初期の競馬界では、そのヒート式が主流であったのだ。
 
だが、19世紀にも入ると競馬の方式は変わっていった。
それまで主流であったヒート式のレースは廃れ、
代わりに一発勝負のダッシュ式が盛んになっていった。
また、レースの距離も徐々に短縮。
数マイルといった距離のレースは次第に姿を消していき、
現在のなじみ深いレース体系へと変貌していった。

それにともない、レースで求められる要素もしだいに変化。
数マイルもの距離のレースを何本も走るヒート式と違い、
一発勝負の近代の競馬ではスピードが代わりに問われるようになる。
そのため、騎手に求められる騎乗も同時に変化していったのだ。
 
短い間に最大限のスピードを出すためには、馬にできるだけ負担をかけない騎乗が好ましい。
短い鐙を使用し、膝を有効的に使えるようにすることで、馬にできるだけ衝撃を与えないようにする。
さらに、体勢をできるだけ低くすることで、空気抵抗も最大限なくしていければなおのことよい。
こうして、アメリカ直伝のモンキー乗りの時代が到来したのだ。

一方、モンキー乗りが世界的に流行した裏で、とある騎乗一派は断絶の危機を向かえた。
その一派というのが天神流
長い鐙を使用して、馬の背に垂直に騎乗しながら、上体をまっすぐに伸ばす姿勢を維持する。
いわゆる、見栄えを重視した「天神乗り」という騎乗法を守る一派であった。

天神スタイル

モンキー乗りとは違い、天神流はスピード化した競馬にはついていけなかった。
馬の背に垂直にまたがることで、騎手の体重が生み出す衝撃が馬に直接伝わってしまう。
さらには、真っ直ぐに伸ばした上体は、より多くの空気抵抗を生み出す。
もはや、スピード化していく競馬には、スピードを殺すだけの騎乗は不要とされたのだ。

しかし、それでも天神流の騎乗が競馬界から潰えることはなかった。
競馬とは何が起こるかわからないと昔からよく言われるが、天神流は生き残ったのだ。
スピード化された競馬で不要とされた天神流は、
今でも細々と騎手たちに受け継がれているのである。

今回は、そんな現代競馬にも受け継がれている「天神流」の例を紹介しよう。
 

フランスに潜む伝承者


スピード全盛の競馬では、天神流の騎乗は無意味なものである。
独特の騎乗姿勢から生み出される大きな空気抵抗と馬へ伝わる衝撃。
この二つの要素が、盛大にレース中の馬の足を引っ張るからだ。

だが、天神流の騎乗には、モンキー乗りにはない唯一の利点があった。
それが、鐙なしでも乗ることができるほどの安定性。
短い鐙と不安定なバランスによって成り立っているモンキー乗りとは違い、
天神流は己の身一つで成り立たせることができるのだ。

そこで、断絶の危機に瀕していた天神流の師範たちは考えた。
安定さを失うモンキー乗りと安定感のある天神流を融合させられないかと。

そして、天神流は新たなる流派として生まれ変わった。
それが、「猿神流」である。
 
 
スピード全盛期においても、未だに受け継がれているといわれる「猿神流」
この伝統奥義は、10月3日に行われたドラール賞でとある騎手によって披露された。


 
ドラール賞はフランスのロンシャン競馬場で行われる1950mのGⅡ戦。
今年は8頭の出走馬が集まっており、
中でも同レースに5回挑戦し3勝していたシリュスデゼーグルが注目を集めていた。

だが、いざレースが始まると、
注目を集めたのはシリュスデゼーグルではなくペリエ騎手のほうであった

スタート直後、ペリエ騎手鞍上のアルワーブ(Al Waab)は内ラチに激突。
その影響で、ペリエ騎手の片側の足が鐙から抜けてしまったのだ。

だが、ペリエ騎手はここから驚異の立て直しを見せた。
同騎手は、鐙を外すと同時にすかさず天神乗りの体勢に。
手を動かしやすい状態をつくることで、足を抜いた鐙を手で押さえにかかったのだ。

さらに、ペリエ騎手はムチを口にくわえる天神流の奥義も同時に実行。
手を最大限に活かせる状態にしたうえで、
手綱、片方の鐙、ムチを同時にコントロールするという天神支配乗りを実現させた。



そして、直線に入ると、ペリエ騎手は鐙に再び足を入れてモンキー乗りの体勢へ。
モンキー乗り天神乗りを見事に使い分ける「猿神流」の騎乗で、
突然のトラブルにも華麗に対処して見せた。

なお、肝心の馬ことアルワーブは直線に入ると同時に失速。
猿神流騎乗による見事な立て直しのかいなく、結果的には最下位に終わった。

騎手の執念がつなぐ勝利


前段でペリエ騎手の例を見て、猿神流はすごいと思った方もいるだろう。

一方で、結果的には最下位に終わったと知って、
天神流はやはりレースでは使えないとも同時に思ったことであろう。

たしかに、天神乗りは結果に結びつくことは少ない。
空気抵抗の面でも、馬に対する衝撃の面でも、
レースで結果を出すならばモンキー乗りのほうが優れている。
ただ単に勝つためだけなら、モンキー乗りを磨き上げたほうが良いとすら言えるのだ。

だが、それでも天神流の騎乗は廃れずに、騎手たちに受け継がれてきたのである。
たとえ鐙が外れようがレースを最後まで続ける。
そのような最後まであきらめない騎手の意地が、天神乗りを現代まで存続させてきたのだ。


さて、そんな騎手の執念の騎乗ともいえる天神流が、稀に結果に結びつくことがある。

その一例が、9月27日にスロバキアで行われたVelka Starohajska Chaseであろう。



Velka Starohajska Chaseは、約4500mの距離で行われる5歳以上の馬による障害戦。
平地競走に比べれば、完走することが難しい競走である。

そのようなレースで、不幸にも鐙から足が抜けてしまった騎手がいた。
その騎手というのがガーナー騎手
ミスターパンペリト(Mr Pamperito)という馬に騎乗していた騎手であった。

レースでは、ガーナー騎手とミスターパンペリトは、
スタートから先頭集団の直後を追走する好位置で競馬を進めていた。
しかし、残り3200mの付近で、障害を飛越したミスターパンペリトは着地に失敗。
騎手と馬が共に大きく体勢を崩し、ガーナー騎手の足も鐙から抜けてしまったのである。

それでも、同騎手はあきらめずにレースを続行した。

足が鐙から抜けてしまってからは、ガーナー騎手は天神乗りの体勢をとった。
そして、そのまま意地の「天神流」で障害を飛越し続けて、
最後は3頭による壮絶な競り合いまでも制したのであった。


天神流で障害競走を制した トム・ガーナ―騎手のインタビュー

どんなトラブルがあろうが、最後まで競走を続けるという騎手の意地。
そんな騎手の意地である「天神流」が、勝利をもぎ取った瞬間であった。

おまけ:日本にもいる天神流の伝承者


天神流の伝承者は、なにも海外だけに広まっているわけではない。
ここ日本にも、正当な天神流の伝承者たる騎手が潜んでいるのである。

そのようなわけで、ここではその天神流の伝承者の騎乗を紹介する。
天神乗りでコースをさっそうと駆ける伝承者たちの意地に括目せよ。



2010年10月14日 京都4R 障害未勝利 2着スプリングカエサルの白浜騎手



2010年7月29日 大井6R 1着ジェットラインの柏木騎手


レース動画リンク
2015年8月30日 水沢7R 3着ブルーデージーの齋藤騎手



※この記事は半分くらいフィクションです。

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