リアル競馬ネタ

ポツンの流儀 ~Y騎手が挑む、高低差200mの坂~

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「競馬とは孤独な戦いである。」

かのベテランジョッキーYは語る。

Y騎手の競馬スタイルは独特である。
時には馬群から離れて追走したり、
時には馬群を引き離す逃げをうってみたり、
またある時には大外いっぱいに進路をとってみたりと
他の騎手がとりえない多種多様な戦術をあえて実践するのだ。

馬群は多数派がとる戦術を表しており、
そこからあえて離れことは独自の戦法をとることを意味するのである。
ゆえに、Y騎手の競馬は独特であり、孤独な闘いなのだ。

その様子からファンはY騎手の独自な競馬スタイルを「ポツン」と呼ぶ。
Y騎手による大胆な「ポツン」は、関係者や競馬ファンを惹きつけてやまない。

しかし、競馬は結果の世界である。
いくら注目されようとも、結果が伴わなければ意味がないのだ。
周りに左右されない自由奔放なレーススタイルを追求することは、
時として批判にさらされることと表裏一体なのである。

今回は、そんな独自なスタイルを極め続けるY騎手のとある挑戦を特集する。


1.府中に潜む悪魔の坂

「高低差200mの坂!」
2013年の日本ダービーでキズナが豪快に直線で追い上げる中、
実況Aが発したひとことがその存在を全国に知らしめた。



スタート直後に馬と騎手の度胸を試し、
ゴール手前で再び壁となって馬と騎手たちの前に立ちはだかる坂。
東京競馬場名物にして最大の難所といわれる、
推定43.7%以上(23.6度以上)の急激な勾配をほこる「青嶋坂」である。

この坂を筆頭に、直線で突如乱入してくる犬など、東京競馬場に潜む難所は数多い。
ゆえに、東京競馬場は平地競走界では世界一の難所とまで呼ばれ、
海外陣営に「デンジャラス」と言わしめる京都競馬場と双璧をなす存在なのである。

今年6月、Y騎手はワンアンドオンリーと共にこの坂を駆け上がり、ダービーの栄冠をつかみ取った。
だが、Y騎手は手ごたえをつかめないでいた。

たしかに、ダービーでワンアンドオンリーは見事に青嶋坂を上り切った。
けれども、このままで本当に古馬相手に通用するのだろうか。
いつかは訪れる古馬との府中での決戦。
それに向けてY騎手は決意した。

「決戦までにあの坂をよりスムーズに走破せねば」、と。

以来、Y騎手の青嶋坂との戦いが始まったのである。


2.攻略の糸口

坂を攻略するにはどうすればいいか。
ダービー以降、Y騎手は頭を悩ませつづけた。
しかし、特に何かをひらめくまでもなく、ただ時が流れた。

ダービーも宝塚記念も終わり、夏競馬の開催の時期となった。
依然として、Y騎手は青嶋坂攻略の糸口をつかめずにいた。
夏競馬では東京競馬場は使用されない。
それは、夏競馬の間は青島坂を相手に実戦がつめなくなることを意味していた。

Y騎手には焦りの色が見えていた。
だが、転機というものは突然訪れる。
Y騎手は望まなかったはずの夏競馬にて、偶然にも青嶋坂攻略の糸口を見つけるのである。

きっかけをつかんだのは、ダービーから1か月ほどたった7月20日のことであった。
その日、Y騎手は福島競馬場でとあるメインレースを制した。
そのメインレースの名はバーデンバーデンC
Y騎手がマヤノリュウジンで豪快な大外一気の追い込みを決めたレースである。



「ポツン」を感じさせる圧巻の追い込みに観客が大きく沸く中、
Y騎手は手ごたえを感じていた。
大外に持ち出しながら追い込む進路取りに、青島坂攻略の糸口を見つけたのだ。


3.斜行と坂路の関係

一般的に、坂は斜めに上ると楽に上れるといわれる。
走行距離を長くなることで、坂の傾斜がわずかに軽減されるからだ。

例えば、コース幅40mの東京競馬場で直線500mを斜めに走り続ければ、
501.6mほどの走行距離となる。
そして、501.6mの距離で高低差200mの青嶋坂を駆け上がる場合、
坂の角度は23.6度から23.5度に軽減される。
これは43.7%の勾配を43.5%の勾配にまで軽減することを意味する。

そして、研究によれば、馬の心拍数は傾斜が1%上がるごとに6拍/分上昇する。
したがって、斜行しながら青嶋坂を駆け上がることによって勾配が0.2%軽減され、
他馬より1拍/分程度の心拍数のアドバンテージを得ることができるのである。
些細な差と思われるかもしれないが、コンマ何秒を競う競馬においては、
この程度でも大きな差となりえることがあるのだ。

他方で、1.6mの走行距離の延長は0.7馬身ほどの不利となる。
それゆえ、大半の騎手はわざわざ斜行走法を意図的に試そうとはしないのである。
だが、独自のスタイルを磨き続けるY騎手は、あえてここに目をつけたのだ。
心拍数のアドバンテージが、0.7馬身の不利を跳ね返せるほどに大きい可能性に賭けたのだ。
イノベーションとは決して新しいものではない。
既存のものから、意外にも新しそうなものを生み出すことなのだ。


4.攻略の糸口はパリで

2014年、欧州競馬は斜行ブームの波に乗っていた。
右に左に行ったり来たり、これでもかというほどしきりに馬が斜行した。
特に平地競走では、オルフェーヴルスタイルといわれるまでに流行していたという。

○動画例
2000ギニー
ドイツダービー
ゴールドカップ
セントジェームズパレスS
ダンテS
チェルトナム ゴールドカップ (障害競走)

その中でも流行の最先端をいっていた馬たちがいた。
2000ギニーで馬場を一気に横切るイナズマ走法を見せたナイトオブサンダー
日本では悪い意味でオルフェーヴル2世と知られる、暴走女王チキータ
そして、ドイツダービーを圧勝し、世界にその名をとどろかせたシーザムーン
これらの馬を初めとして、様々な場所で斜行パイオニアたちが跋扈し、独自のスタイルを磨き続けていた。
彼らの目標はただ一つ、オルフェーヴルを越える衝撃を世界に与えることであった。

一方、日本ではY騎手には一つの依頼が舞い降りた。
日本競馬の悲願である凱旋門賞をゴールドシップと共に勝ってこいとの騎乗依頼だった。
Y騎手にとって、これは幸運であった。
斜行走行の流行最先端を目の前で観察することができる。
しかも、斜行の最先端であるシーザムーンチキータの2頭が出走予定であった。
またとないチャンスにY騎手は歓喜したという。



結果から言えば、凱旋門賞は残念な結果に終わった。
Y騎手鞍上のゴールドシップはスタート直後に最後方のポジションをとり、
事実上レース開始200mもたたずに勝利の望みは絶たれていた。
普通ならば、この時点でレースを投げようとも結果はあまり変わらない。
しかし、その中でもY騎手はあるものを得ようと奮起した。

一つは、暴走女王チキータの騎乗を観察することであった。
斜行走法をモノにするには、斜行はしても自然に走らせなければならない。
自然に走れない斜行はただの無駄であり、不利でしかないからだ。
その点、Y騎手にとってチキータの騎乗を観察することは有意義なことであった。
チキータの騎乗には前触れもなくやってくる斜行を無駄なく捌くテクニックが用いられ、
それは斜行走法マスターにも必要不可欠なものであるからだ。
偶然にも最後方から進める羽目になってしまったY騎手からは、それがよく観察できた。

次に、コース幅が広いロンシャンで斜行走行を試してみることであった。
Y騎手は直線でゴールドシップを大外へ持ち出し、追い込ませた。
そして、勝ち馬からはるか離れた位置でゴールしたものの、ポジションを上げることには成功した。
つかみかけている、とY騎手はひそかに感じていた。


5.再戦!青嶋坂

パリから帰国したY騎手は、新たな戦法をつかみかけていた。
青嶋坂を馬で斜行しながら駆け上がることが、待ち遠しいとさえ思っていた。
そのような中、さっそくY騎手に新戦法を実践する機会が訪れた。

10月12日、東京競馬場の9R六社特別で、Y騎手はフジマサエンペラーに騎乗していた。
スタートしてすぐ、馬にとっておなじみの最後方のポジションにまで下げると、
Y騎手にとって新戦法投入の絶好の環境が整った。
まだものにしていない斜行走法を使う際には、周囲に馬がいては危険である。
よって、「ポツン」によって周囲に馬がいない環境をつくった時こそ、斜行走法実践の絶好の機会であったのだ。



直線でY騎手は、徐々に進路を外へ移しながらフジマサエンペラーに気合をつけた。
斜行走法が実戦投入された瞬間である。
斜行しながら馬は鋭く伸び、次々と他馬をかわしていった。
そして、先に抜け出したベストドリームにあとわずかというところまで迫ってゴールした。
2着に敗れはしたが、Y騎手は確信した。
斜行走法は青嶋坂に有効だ、と。
このレースの1週間後、Y騎手は斜行走法の完成形を見せることになる。


6.斜行走法の完成形

その日、世間全体が度肝を抜かれた。
あんな走法が存在していいのかと、Y騎手以外の誰もが思った。
その衝撃は、同日行われたGⅠレースの印象ですら霞ませた。
Y騎手が斜行走法の完成形を見せたレース、
それは10月19日のアイルランドトロフィーであった。



レースでは、Y騎手は無敗のエイシンヒカリに騎乗していた。
大半の騎手ならば、無敗というプレッシャーの前にオーソドックスな騎乗を
試みようとするであろう。
しかし、独自のスタイルを貫くY騎手は違った。
この無敗馬で大逃げをうち、先頭で「ポツン」の状況をつくったのであった。
そして、全ての環境を整えた後、Y騎手は斜行走法の完成形を披露した。

東京競馬場の横幅を最大限利用した斜行の威力は、絶大であった。
早めのペースで前半にリードをつくったにもかかわらず、
馬は後半の青嶋坂を苦にしないかの如くすいすい駆け上がっていった。
このとき、Y騎手は驚愕した。
斜行走法は、Y騎手の想像をはるかに超える効果を見せたのであった。

「これならば、勝てる。」
Y騎手の頭から不安はすっかり消えていた。
Y騎手は、青嶋坂の上り方を見事マスターしたのである。


7.終わりに

11月30日、Y騎手はワンアンドオンリーと共に古馬との決戦、ジャパンカップに挑む。
新戦法をマスターしたY騎手は準備万端であり、あとは馬の調子次第だと語る。
果たして、ワンアンドオンリーな騎乗スタイルを磨き続けるY騎手は、
青嶋坂を駆け上がりジャパンカップの栄冠を勝ち取ることができるのだろうか。
週末の競馬は、色々な意味で目が離せないことになりそうだ。



この記事内容は、全てフィクションです。


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